秋田です、2014/12月の学会SIGGRAPH Asia2014のあと、チームラボ高須さんにアレンジしていただいた深センの見学ツアーに参加してきました。そこで見たこと、考えたこと、を、忘れないうちにまとめておきたいと思います。(同行した山村君の記事も、ぜひあわせてご覧ください)またツアーに参加されたみなさんのblog記事なども、あわせてご覧ください。
深センという街の成り立ちと位置づけ
深センは香港の向かい側で、かつては中国から香港という「鮮やかな世界」を見えなくするために人が住まないようにしていた「緩衝地帯」と呼ばれるところでした。そこが改革開放の流れから、35年ほどまえから特にプリント基板の工場の集積が国策としてはじまり(経済特区です)、それに付随する電子部品、電子機器工場が集積し、世界の電子機器産業の中心地となった、という歴史をもちます。つまりベースになるのは「プリント基板」で、そういう視点でみると、以下の話も含めて、深センという街を見通しよく理解することができるとおもいます。
↑地平線の果てまで続くプリント基板工場と隣接する社宅・寮。
華強北(ファー・チャン・ベイ、HuaQiangBei)
深センの中心部にある「華強北」には、巨大な電子部品や電子機器のマーケットがあります。以前、私のマイコン仲間の石川さんに、深センの電気街はどういうところですか?と尋ねたところ、「通りに並んでいるビルのぜんぶ、上から下まで、地平線の果てまでパーツ屋」と言われて、いやいや、いくらなんでも、さすがにそれはおおげさだろう、と思ったのですが、本当でした。
電気街と呼ぶには巨大すぎて、しかも電子部品が「築地の魚」のように扱われている光景が広がっています。
↑カメラモジュールがトレイで売っています(32元=600円くらい)
↑干し昆布みたいに見えますが、電解コンデンサ。
↑基本、問屋なので、午後になると出荷を待つ、電子部品が詰まった段ボールが通路に積まれていきます。その後、運送業者さんがカートで運び出していきます。
意外にも(?)、ジャンク屋はほとんどありません。世界のあらゆる電子部品(最新のマイコンなども)が、まずは深センに集まってきて、そこから世界に出荷されていく、のです。
華強北でもう一つよく見かけるのが、修理屋です。スマホやノートPCなどのスペアパーツが売られているだけでなく、その場ではんだ付けして修理したりCPU換装などもしてしまいます。恐るべきことに、QFPはもちろんのこと、BGAパッケージICも、基板からの取り外しや半田ボール再生、基板へのBGA実装も、その場で手作業でやってしまいます。それも、いたるところのお店で、おじさんや若いお姉さんが半田ごてやホットエアを使って作業しています。
↑奥に半田リワーク工具が並ぶ店頭。どうみても普通のおっちゃんだけど、表面実装部品のリワークを生業としている。
↑「中古スマホ屋街」に行ったら、通路でお姉さんがスマホを、魚をさばくみたいに、分解して基板や液晶パネルなどをとりはずしていました。
↑これらは部品に分解され、修理やCPU換装などにまわります。つまり、ただのジャンク品ではなく、「再利用」されています。前述のようにBGAパッケージ品も、当たり前のように売られて、使われています。
山寨(シャン・ザイ、ShanZhai)
華強北でよく見かけるもののもう一つが、いわゆる「パチモン」です。ただ「パチモン」といってもいろいろあります。
一つは、これらのように、明らかに「アカン」やつです(このほかにも、どう見てもiPhone6にしか見えない(起動画面も)ものが330元(7000円くらい)で売られているのも見かけました)。てっきり、こういうのばかりなのかと思ったら、意外とこういうのは少ないようです。
それよりよく見かけるのが、「○○っぽい別のもの」です。
↑例えば、これはアクションカメラのGoProそっくりですが、「GoProのコピー品(FakeCopy)」とは呼べません。そもそもロゴも違いますし、液晶パネルがついていたり、WiFiなしモデルがあったりと、GoProを参考にしつつも、ある意味「進化させた」製品ということができます。このような製品は「山寨(シャン・ザイ、ShanZhai)」と呼ばれ、パチモン(FakeCopy)とは別カテゴリとして理解するべきです。実際GoProの例では、これらのGoProの山寨の機能が、その後の本家GoProで採用された例もあり、まさしく「進化形」「派生形」と呼ぶべきものです。(ちなみにこのWiFiなし・液晶ありモデルは330元(7000円程度)でした)
↑これも、裏ブタのリンゴマークはアカンやつですが(標準添付は別のロゴの裏ブタ。このリンゴのやつは、お店の人に頼むとオマケでつけてくれる)、中身はAndroid端末(ただしアイコンはiOSにがんばって似せている)で、そもそもこんなに小さいiPhoneはありませんから、明らかにiPhoneのFakeCopyではなく、やはりiPhoneの進化形、派生形、と理解するべきです。(ちなみにこれは300元(6000円程度)でした)
そしてこれらを設計から量産まで1週間で仕上げて店頭に並ぶ、そんなことが現実に起こる街なのです。
最近よく聞く、「技術の民主化」がもたらすものの、の一つといえそうです。(関連資料:秋田「集積回路が真の道具となるために」(電気学会電子回路研究会(2014/12/19)資料)
この他にもこちらに華強北マーケットの写真を、簡単なcaptionとともにまとめていますので、ぜひご覧ください。
何でもアリ感
深センでもう一つ感じるのは、「何でもアリ感」です。先ほどの「山寨」もそうですが、いろんなものが街にあふれています。
↑例えばこれは体重移動で操縦できる電動一輪車。
↑こんな感じで街中、歩道を走っています。このほか、電動バイクも多数あって(ガソリンバイクを見かけた記憶がない)、車道、歩道を走っています。パッソのような感じなのですがモータ出力が大きく、時速30kmくらいで走れます(これが夜は歩道を無灯火で走るからとても怖い)。
道路交通法のような規制がないのか、それとも、あるけど勝手にやってるのか、はわかりません。仮に規制がないとしたら、もし事故がおこったら補償はどうなる?刑罰は?など、疑問はつきません。しかし、「面白いもの」「便利なもの」を作ってしまって、それが街中にあふれている様子、活気にあふれている様子は、規制でがんじがらめの日本からは考えられないことで、いろんな意味で「規制緩和の威力」を見た思いがします。
量産工場
深セン郊外にいくと、いろんなものの量産工場が無数にあります。GoogleMapで「製造拠点」で検索すると、大きな工場だけでも1万はあるそうで、小さい町工場は数えきれないくらいある、とのことです。
今回は金属加工、プリント基板、プラスチック射出成型の工場を見学させていただきました。
↑スマホケースのプレス加工と検査。いずれも手作業。
↑プリント基板の穴あけ機。ドリルが4個並列動作。
↑射出成型機。
今回の見学でみたのは、「普通の工場」ばかりでした。目新しい技術や工作機械があるわけでなく、使われている製造テクノロジーは、きわめてオーソドックスなものです。ただしそれが「無限にある」。これが、世界の製造業を支えているわけです。
↑工場には求人が貼られていて(だいたい月6万円くらいが多い)、ひっきりなしに見に来る人がいます。いろいろな方の話を聞くと、若い人(特に地方出身の未婚の女性)が多いためか、「一つの仕事を長く続けて手に職をつける」という意識の人はかなり少なく、短期的に(主に高給を求めて)職を移ることが珍しくないそうです。また労災のようなものがどの程度管理されているのかは疑問(防護メガネをつけずに穴あけ加工をしていたり)なのですが、このあたりの労使関係は興味があるところです。(このあたりも、前述の「なんでもアリ感」に似たもので、良くも悪くも活気の源なんだと思います)
また雇用は基本的には旧正月で「リセット」で、旧正月があけて半分戻っきたらいい方、ぐらいが雇用側の意識のようです。(たまに聞く「旧正月明けは製品のクオリティが一時的に下がる」というのも、これが原因のようです)
この他にも、こちらに、量産工場の写真をcaptionとともにまとめていますので、ぜひご覧ください。
SeeedStudio
深センといえば、Make界隈では知らない人もいないSeeedStudioも見学させていただきました。
↑社員は200人くらい。ここは設計のフロア。
↑出荷を待つSeeedStudioの製品。
↑SeeedStudioには「常時ストックしている部品のリスト」があって、これを使って製品を設計することが推奨(?)されています。
↑設計フロアのすぐ下にはプリント基板の量産(実装)工場があり、マウンターやリフロー炉などで製品が量産されています。
このようにMaker向けの製品の設計開発と量産を自社で行っています。(数の多い量産や筐体加工などは提携工場に依頼するようです)
JENESIS
日本にも法人があるJENESISは、数千個オーダーの電子機器の設計・量産を請け負っている会社です。一つの目安として「300万円くらいで3000円×1000個」という数字を紹介されました。なんとなく最近のMakerFaireでは、「Make=ハードウエアスタートアップ、起業」みたいな風潮を感じることが多く、正直、それに違和感を感じていた(そういうのもいいけど、それ以外(単なる趣味)もあってもいいだろう、という感覚)のですが、この金額を聞くと、個人でもボーナスをつっこむぐらいの感覚でなんとかなりそうな金額で、こういう趣味があってもいいかな、と思いました。
↑あくまでも「日本品質」の量産にこだわっていて、生産ラインの管理や検査はとてもしっかりしています。
↑その品質管理は納入される部品にも及んでいて、これは納品された液晶パネルを1枚ずつ、ドット欠けがあるかをチェックしている作業。このあたりは中国の商習慣なのだそうで、いくら信頼を気付いても、こっそり(おそらく意図的に)不良品を混ぜてくる場合があるのだそうで、これはこのようなチェックでしか回避できない、ようです。それ以外にも、いきなり初回の取引で値切るなんてもってのほか、いかに相手に儲けをあげさせるかが重要、など、中国独特の商習慣は、つきあっていかないといけないことのようです。
全体を通して
今回の深セン見学を通して、考えたことは、大きく3つあります。
一つ目は、「世界の工場を支えているテクノロジは、意外と普通のもの」ということでした。量産工場にある工作機械も、基本的には見たことがあるものばかりです。ただしその規模があまりにも巨大で、それを操作する豊富な(若い)労働人口とあわせて、それらが「世界の工場」となっています。そしてこれは決して民間活力によるものではなく、経済特区指定も含めた、国策による集積が生んだもの、といえます。どう考えても、これらと同じ土俵で勝負しても、勝てるわけがありません。いかにうまくつきあうか、を考えるべきです。
二つ目は、「世界の工場」とそれを支える電子部品が世界中から集まっている地であることを生かして、SeeedStudioやHAXLR8R(ハクセラレーター)、DangerousPrototypesのようなMake界隈をけん引するような企業、それらを生み出すインキュベーション的、VC的な企業が、アジアのみならず欧米からも集まってきています。これらは、「深セン」という場が引き寄せてきたコミュニティと呼ぶべきものだと思います。この点も、これらと同じ土俵で勝負しても勝てるわけがなく、いかにうまくつきあうか、を考えるべきです。
そして三つ目は、今回の訪問中でも何人かの方から聞いたことなのですが、深センは「部品を生み出す街ではない」ということです。あらゆる電子部品は手に入り、プリント基板は安価につくれる、そして部品を基板に実装する技術も(BGAの手実装すら)ある。そして山寨(ShanZhai)を生み出すクリエイティビティと、その設計・実装能力がある人もいる。しかしあくまでも彼らの使う部品と道具は「いま世の中にあるもの」です。例えば量産品に特化した専用LSI (SoC; System-on-a-Chip)を設計したり発注したり、という概念はそもそもないようです。このことを、自分たちに欠けているものだ、と認識している人も、一部にはいるようです。ICT技術の歴史をみれば、たとえばKinectのように、ある日突然現れたまったく新しい技術(デプスカメラ自体は以前からあっても、あの価格・あの手頃さで販売されたのは革命といえます)によって、製品のパラダイム自体が根底から変わるような、「不連続な変化」は、たびたび起こっています。明らかに「いまない部品」が生む「不連続な変化」は、今の深センからは生まれようがないように思えます。もちろんそういうことを深センに求めるべきではなく、前述のような、深センならではのこと、深センでこそできること、を、うまく見つけて付き合っていく、利用していく、というのが、深センに対する正しい理解なのだと思います。
ところで私は、正直、ディズニーランドの楽しさがさっぱり理解できないのですが、華強北マーケットに行って「うひょひょ、ここなら何日でもいられるぞ」と感じる感覚に近いものなのかもしれないな、そんなことも感じました。
(秋田)